

「焼肉居酒屋 みのり」2代目店主としての日々の営業のかたわら、
須坂のための活動に積極的に取り組んできた小林さんに
経緯やそこにある想いについて話を聞きました。
「町のこと」を始めたきっかけ
宮澤 私が2010年にUターンしたころ、義則(よしのり)さんは既に町のことを色々やられていましたが、
活動を始めたきっかけのところから教えていただけますか。
小林さん 今から25年ほど前、親父を手伝って店に立ち始めた頃は、
夕方の開店から満席で、深夜までお客さんが絶えないくらい賑わっていたんです。
というのも、富士通の須坂工場が稼働していたので、
工場周辺から駅にかけての人の流れがしっかりあって、町に活気があったんです。
宮澤 25年前というと、2000年。ちょうどぼくが高校生の頃です。
確かに、パルムやシルキーにしても、まだいろんなお店が入っていて賑わっていました。
小林さん そうだよね。だけど数年後に工場の撤退と閉鎖が始まったことをきっかけに、
ガクッと客足が落ちてしまった。人の流れがパタっと止まってしまって、閉店するお店もたくさんありました。
売り上げが落ちて、初めて「まずいぞ」と。これまでどれだけ富士通に頼ってきたのかを実感しました。
これからどうしようと考え始めたタイミングで、同じように自営業で代々の店がある同級生が何人か来てくれて、
いろいろ話すうちに自然と「みんなで町のためになるようなことをやっていこう」となっていきました。
宮澤 同級生、心強いですね!
小林さん そうなの、一人じゃなくてね。
それで「町のためになること」ってなんだろう?って考えていた時に
新潟県村上市の「黒塀プロジェクト」というのを知って、視察にも行って、須坂でもやり始めました。
ブロック塀を黒い板塀に変えることで、歴史や風情を感じる町並みや景観をつくるという活動なんだけど、
地域の方や子どもたちに参加してもらうことで須坂の町に愛着を持ってもらうというのが大きな目的でした。

須坂らしさのある景観と空き家
小林さん 「景観づくりの会」が発足した2012年頃、須坂市内でゲストハウスを開業するための物件を
探していた山上さんと出会いました。宿としての広さがあって須坂らしい建物ということで、
不動産屋さんが持っている物件だけでなく、町なかの空き家も候補として検討しました。
当時はまだ「空き家の活用」への意識や関心も薄く、苦労しながら持ち主に連絡を取ったり、交渉したり
ということを一緒に手伝いました。
その後、「ゲストハウス蔵」として無事オープンしたのですが、
この時の経験を活かして、空き家の紹介と町歩きをセットにした案内を、
須坂で物件を探している方に向けて定期的に開催することになります。
宮澤 この一連の取り組みは本当に重要で、今の空き家への取り組みのベースになっています。
この10年で町中に新しくオープンしたお店には空き家を活用したものがいくつもありますね。
小林さん 一般的な観光地のように、大きな観光バスで乗り入れて町歩きしてお土産買って、という人の
流れではなく、目的のお店があって、食事や買い物と合わせて町も歩いてくれる、という感じですね。
愛着を持ってくれた方が何度も訪れてくれたり、ここで暮らす私たちが町を楽しめるっていうのはすごく
強いなと思います。

須坂が好きな人を増やしていきたい
小林さん 宮澤くんも初めはこれらのイベントの参加者でしたね。
「町のためにやりたい」という熱意がすごくて、会のメンバーに加わってくれて、
司法書士として空き家や相続について専門的な話しをしてもらうなどしてきました。
宮澤 近年では重伝建やランドバンク、イオンモールの開業といった動きも出てきました。
司法書士としても須坂で生まれ育った一人としても、空き家や町並みのことを引き続き取り組んでいきたいです。
小林さん それぞれのお店の努力はもちろん必要なんだけど、地域社会を主な顧客や対象とする事業者は、
事業とは別に地域が盛り上げることをするべきだと思うんです。
地域が盛り上がってくれば、まわりまわって自分の事業にも返ってきますからね。
町としての魅力を高めることでより多くの人に須坂のことを知ってもらって、訪れてもらって、好きになってもらえるとも思うので、
こういった活動を持続できるようにがんばっていきましょう!





※ #02, #03, #04 は順次公開の予定です。
